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最後のブログから、半年以上が経過してしまいました。


サボってばかりで、申し訳ありません。


文章を書く事がこんなに大変だなんて、一応予測はしていました。


何方か「ブログを担当したい!」という、奇特な方がいらっしゃいましたら

ご一報頂けますと幸いです。



ところで、東京都では、四回目の「緊急事態宣言」となりました。


幸いな事に当会は、埼玉県をメインに活動している為、何とか稽古が出来る環境にあります。


少年部は現在14名が在籍し、幼稚園年長さんから小学 6年生まで、楽しく厳しく稽古をしています。


一般部は・・・

ちょっと寂しい人数ではありますが、高段者の先生を中心に、初心者から有段者まで

とても良い稽古をしているのです。


という事で、新会員は随時募集しています。


年長さんから、初心者は勿論の事、経験者・有段者まで、幅広くお待ちしております。


「遠慮なく、ご一報ください」と真に願う、会長先生なのでした。





最後のブログから、な・なんと!!!    3年 2ヵ月が経過してしまいました!

月日の流れは、雨後の柳瀬川の濁流より早かった?

そう思う今日この頃ですが、皆様の置かれましては如何お過ごしでしょうか?


本年はコロナ禍により、当会に於いても思い通り・予定通りの活動が出来ず、不完全燃焼の一年となりました。

2月28日の稽古を最後に、7月末まで稽古場の確保が出来ません。

8月から稽古再開出来たものの、少年部は中学に入学した子どもが退会してしまい、小学生と幼児 5名での稽古となりました。

とほほ・・・です。


しかし、しかし、しかし!!!
稽古納めを迎えた12月20日、少年部は12名の少年・少女剣士により、盛大に本年を終える事が出来たのです!

「鬼滅の刃」ありがとう!

その影響は少なからずある様ですが、やはり少年部が盛り上がると、剣友会も活気が溢れてきます。

2021年は、正しく強く、そんな剣道を子ども達に伝えられる様、今から気合に満ち満ちた会長先生なのでした。

会長先生が剣道から離れて、既に20年以上が経過した年の春
再び剣道に係わる出来事がありました。

中学校に新入学をした長女が、驚く事に剣道部に入部したのです。

家族の誰かが薦めた訳ではありません。

各部活動の「部活紹介」を見学した彼女は、自分の意思で決めて帰宅しました。

彼女曰く「カッコいい」

防具を装着した先輩方が、凛々しく見えた様です。

当然マメな会長先生は、彼女が剣道部に在籍する三年間、試合・昇段審査等
仕事も顧みる事なく、応援と車出しに精を出しました。

そして中途半端に剣道経験のある会長先生は、長女に対し多少の剣道指導を
偉そうにしていました。

しかし自身が剣道を再開する気持ちは
「考えもしなかった」「さらさらなかった」そんな残念な会長先生なのでした。

番外「2017年」

2017年02月20日
新年を迎えたばかりの筈が、既に二月も終わろうとしています。

「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」とは良く言ったモノで
「あ!」っという間に、2017年も終わってしまうのかもしれません。

しっかりと目標を起てて邁進しないと、年の瀬には後悔が待ち伏せして
いるんだろう、と毎年の様に思う能天気な会長先生の元に、先月の終わり頃
ですが、北秋津剣友会唯一の高校生女子から連絡がありました。

三月に行われる「全国高等学校剣道選抜大会」に出場を決めた、と。

彼女は剣道が大好きで、稽古はいつも一所懸命の取り組んでいました。
そして強豪高校に進学し努力の結果、頑張ってレギュラーを勝ち取ったのです。

大会当日は是非、応援に駆け付けたい!
彼女の勝ち負けではなく、真剣に試合をする姿を見守りたい!

しかし残念ながら、愛知県は遠すぎです。

なので遥か離れた同じ空の下(所沢ですが)から、秘かに応援するつもりの
会長先生なのでした。

中学入学と同時に部活動で剣道を始め、高校入学後も本意ではないまま
剣道部に入部しました。

しかし1年生の夏休みを前に、退部したのです。

大した理由でもなく、ここでお話する程のモノでは有りません。

帰宅部となった会長先生は、その後クラスの仲間と音楽バンドを
結成しました。
併せて、同学年の有志と草野球チームを立ち上げたのです。

バンドの活動は、池袋か赤羽にある楽器屋のスタジオで練習に明け暮れ
草野球はグランドハイツ(現在は光が丘団地)か、練馬駅前の野っ原
(現在は練馬区文化振興協会)で、高校の先生方チームと日曜日の度に
試合をする日々。

それなりに充実した高校生活を送りました。

ちなみに夏休み前に辞めてしまった剣道ですが、その年の秋に二段を
受審し、合格する事が出来ました。

それから25年、剣道の「け」の字もない生活でしたが、ひょんな事から
再び剣道界に足を踏み入れてしまった、会長先生なのでした。

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